解散の理由

 2005年春。
「Clean-air」は解散しました。
我が家の出産もきっかけですが、一番大きな理由は、当初の目的は達成できた事。
2005.07には大手居酒屋チェーンが、禁煙の居酒屋を作ります。
こういうお店が無かったから、個室などを貸しきったり、要望をだすのに、ある程度の人数が必要でしたが、最近は禁煙の施設が増えてきたので、群れる必要もなくなりました。

また、私は運動家ではないので、いつまでも禁煙運動を続ける事が目的でもありませんでした。
あくまでも目的は、煙害に遭わない快適な社会を作る事であり、その手段として禁煙運動を行ってきたに過ぎません。
当初は禁煙の輪を広めるのに、人数が多い方が要望が通ると思っていましたし、同じような思いをしている仲間が癒される場所を作る事も重要だと考えていました。

ところが、いろいろな施設に要望を出し、多くの施設の禁煙化に成功してきて感じたのは「量より質」でした。
たった一人の要望でも、全国規模のチェーン店を終日禁煙に出来ました。
逆に、既存の禁煙団体が集中して働きかけていた施設などは、意固地になってしまってお手上げ状態だったりします。
量より質の方が重要という事に気が付いた頃から、既存団体の行動に疑問を持つようになり、また、”会”として存続する必要を感じなくなってきました。
なので、サイト上でもあまり団体としての行動の仕方よりも、個人としての行動の仕方を紹介してきました。

おかげさまで最近では、会を立ち上げた頃とは違い多くの施設が禁煙になってきました。
発足当時は禁煙の宿など皆無でしたが、旅行に行ってもすべての食事や宿を禁煙の所で快適に過ごせるようになりましたし、もうこれ以上”会”として行動する必要性を感じなくなっていました。
もちろんまだまだ不十分な対策が多いのですが、わが国の禁煙の輪は最低限、生活に困らないレベルには達したのではないでしょう?
禁煙店もかなり増え、食事の祭も選択肢は広がりました。
十分に"道"は出来たと思います。あとはゆっくりでも一歩一歩確実に進んでいけば良いだけでしょう。

ただ、煙害で困る仲間が癒される場所は必要だという気持ちは今でもあります。
ここで大きな問題があるのですが、「Clean−air」はもともとネットという仮想社会の会ではなく、あくまでも現実社会で集まる事を目的に発足しました。
ホームページなどもあくまでもその為の手段でした。
ところが、絶対に参加して来ないネットのみの相談者がいます。
何度も名前を変えて煙害相談をしてきた人までいます。
おかしな事に、このようなサイト利用者は、協力をほとんどしてくれません。
解散の案内を見て、続けて欲しいという事を切実に訴えてくる人も中にはいましたが、なぜかそういう人から禁煙情報データベースへの情報提供などの協力をしてもらった記憶もほとんどありません。
なぜでしょうか?
自分が困った時には「助けてください」と簡単に言う人が、人の為、それも同じ苦しみを味わっている仲間の為に何もしないというのは私には理解できません。
掲示板にも自分のサイトを宣伝して行く人は後を絶ちませんでしたが、逆にリンクしてくれる人が少ないのも気になりました。
禁煙を望む人というのは自分のことしか考えていないただのわがままな人なのでしょうか?
もし、そんな人達ばかりがサイトの利用者になっているのなら、いっその事サイトを閉鎖してしまった方が良いという気持ちにもなりました。

幸い、一部の方達ががんばって協力をしてくれているので、データベースなどは残しますが、レンタルサーバーを利用している以上お金もかかります。
今までは会員達のイベント参加費から浮いたお金を少しづつ使っていましたが、解散時既に赤字でしたし、私もこれ以上自腹を切っていられないので、何か対策をしなければいけなくなりました。
また、まじめに協力してくれる人と、利用だけの人を平等に扱っていては協力してくれる人が損をします。
まじめな人が損をするようなシステムは改善しなければいけないでしょう。





 最初の方にも書きましたが、今後の禁煙運動は、量より質を求める時代になったと感じています。
どこかの団体に所属し、毎月愚痴を言い合い、都合のいい解釈だけをして偏っていくよりも、個人個人がしっかりと自覚を持ち行動していけば、今までの禁煙団体では出来ない程大きな成果を生むでしょう。
逆に、自覚亡き者が何人集まっても、それはただのカルト集団にしかなりません。

勘違いをしてはいけません。
タバコを嫌だ嫌だ言っている人や運動家の為に禁煙にしてくれる施設などありません。
施設が禁煙にするのは一般利用客の為です。
客の立場で要望すれば、簡単に禁煙に出来ます。
最近ではその事に気がついてくれて、質の高い要望を出してくれる人が増えてくれました。
この主張を言い出した当時は、運動家の中では異端児扱いされましたし、定例会などでも陰湿な嫌がらせを多く受けましたが、Clean−air的主張の正しさを理解し、実行してくれる人が増えてきてくれたので、あとはこの効果の高い方法が主流になって行くでしょう。

実際に試して見れば非常に効果が高いのはすぐにわかりますし、すでに広まり始めた以上、わざと間違った運動を広めようとしている人達にも止められないでしょう。
もう、いつまでも団体として運動を続ける必要はありません。
また、会という形をとると、かならずタバコ業界の人間が入り込んできて乱されてしまいます。
会という形を取らなければ、彼らも手を出せません。
今後は、各自がきちんと自覚を持ち、相手側の気持ちを考えながら行動していけば確実に過ごしやすい世の中になるでしょう。
もちろん私も会としてはやめますが、個人的にはまだまだ行動していきます。
妊娠中の妻をダシに要望すると、面白いように禁煙の要望が通りますし、今後は子供をダシに各地の施設を禁煙にしていくでしょう。
しかも、2005.05.31という「世界禁煙デー」に第一子が誕生しました。
これも何かの縁なのでしょう。
個人的には今後も禁煙の場を広める為に行動していきます。
ただ、ネット活動は極力控えていくでしょう。

皆さんも、これからは一人一人が自覚を持って行動してくれることを望みます。
その際には、「嫌煙」「きらい」など、いわゆる「嫌だ嫌だ」的なマイナス思考の行動は、心の病気になっていくのでくれぐれも注意してください。
表示の違いは関係ありません。
「嫌い」も「キライ」も「きらい」も、読んで認識するときには、すべて「嫌い」と変換して脳は受け取ります。
こういうマイナス思考の行動は、「自己否定・自己嫌悪・被害妄想・ねたみ・ひがみ・うらみ・など」精神状態を不安定にし、「うつ病」などの原因になります。
実際に何人か「嫌だ嫌だ」運動をしていて「うつ病」になった人を見ました。
ネット上ではマイナス思考の禁煙サイトは多く見られます。
そういう所で愚痴を言い合い、慰めあう事で、一時的に気が楽になるかもしれませんが、決して深入りしないようにしてください。
愚痴を言っているだけでは現実は決して変わりません。
他人は所詮他人です。つらくても自分自身で前を見てください。
下を向くのではなく、上を見てください。
顔を上げて生きていけば、多くの人達が手を差し伸べてくれている事に気が付きます。
下を向いている限り、救いの手も見逃してしまいます。
まずは、「きらい」「いやだ」そういう言葉を使わないようにするところから始めましょう。


最後に、いろいろな禁煙の会に参加しましたが、「Clean-air」ほど、和やかな雰囲気の明るい会はありませんでした。
メンバーに関しても、肩書きや職業は他の禁煙の会に大きく差をつけられましたが、どこのどんな会よりも人格者が集まってくれた事を誇りに思います。
そんな会員達からは、いろいろと注意を受ける事もありました。
注意をしてくれる人がいるという事は幸せな事なのでしょう。
我が家の出産を、他人事なのに自分の事の様に喜んでくれる心豊かな人達に囲まれていた事も良かったのでしょう。
おかげで私は禁煙運動に関わりながらも、偏らないで済みました。
もし、イエスマンばかりだったら、他人を祝う心を持たない人ばかりだったらどうなっていたか、きっと今のように幸せを手に入れる事は出来なかったでしょう。

2005春だけで、会員の中にも2組結婚をした人もいます。
おめでた続きです。
もし「Clean-air」が「嫌だ嫌だ」運動をしている会だったら、幸せも逃げていった事でしょう。そして仮にタバコが無くなったとしても、批判癖がついてしまい、別の物を批判していった事でしょう。
それは人として、あまり良い生き方ではないと思います。
幸せな状況の中で会を解散出来た事に意味があります。
そんな禁煙の会がひとつくらいあっても良いでしょう。
そういう意味でも、今が解散するのに、最も良い時期だと判断しました。


タバコの事も忘れられる楽しい会。
そんな「Clean-air」のような会に関われて良かったです。
いろいろと勉強になりました。

長い間ありがとうございました。

2005.06.03

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